動物の血を吸うのは雌の蚊だけらしいのだが、私も雌のヒトであるから雌同士仲良くできないだろうかと生き物の種類を越えてフェミニズムを唱えようとしても、命を繋ぐために血を吸う彼女たちは血の提供者が雄だろうと雌だろうと関係は無いようである。
 蚊はさておき、私は蝉の方が大の苦手である。
 本来は風情を感じるはずの蝉の鳴き声も私の耳を通ると何かむず痒いような気になって落ち着かない。
 蝉の鳴き声も種類で様々で「ミーン、ミーン」「ジー、ジー」「ツクツクボーシ」などわざわざ言葉が当てはめられてはいるが、私はどんな音を聞いても「蝉がいる」、この一言に片付く。
 これだけ蝉を嫌うのにはそれなりの理由があってある種のトラウマなのだが、同じ経験をされた方もいるのではないだろうか。
 高校の夏休みの昼下がり、夏季授業の帰りだったか自主学習の帰りだったかで一人で帰りの電車に乗るために駅まで歩いて向かっていた時のことである。
 その日も()だるような暑さで、僅かな生ぬるい風に照りつける太陽とアスファルトからの照り返しで立っているだけでも体力を奪われる中、駅までの約一キロメートルの道のりを歩く。
 街路樹の影を踏みながら太陽の光を避けて道のりの半分ほどを過ぎた時、後ろからブーンという轟音と共に黒い物体が私の方を目がけて飛んできたのである。
 驚いた私は思わずその場にしゃがみ込んでしまった。
 酷暑の片田舎の住宅街、道路脇の歩道に黒いリュックサックを背負ったまま丸くなった女子高校生の姿は幸いにも誰かに見られたということはないと思うが、当の彼女は突然変な動きをしてしまった羞恥のあまり、残りの道のりを駆け足で帰った。