咲桜は普段は落ち着いた様子の清士が初めて感情を露わにしたのを見て少し驚きながら、きっと彼は自分に言わなかっただけで余程悩んでいたのだと思った。咲桜は「大丈夫、落ち着いて」と語りかけるように清士の手を握った。

「何か目的があるんじゃないかな」

「目的?」

咲桜はノートを開いて何かを書き始めた。

「タイムトラベルしてきた人の例が未来から来た人ばかりだから成田さんにも同じことが言えるかわからないけど、大体の人は何か目的があってタイムトラベルして、その目的を達成したら元の時代に帰るの」

ボールペンの走る先には、数直線のようなものが書かれている。

「きっと成田さんがこの時代に来たのも意味がある、私はそう思うよ」

「僕は元の時代から逃げて今の時代にいる。それなのに帰らねばならないとは……非情なものだな」

清士はふうっとため息をついた。

「確かに、成田さんが前話してくれたように、どこか違う世界に行ってしまいたいっていう気持ちがタイムトラベルのきっかけだとは思う。でも、もし意味がなくてこの時代に来たなら、成田さんがタイムトラベルした時代はどの時代でもいいはず。平安時代でも、戦国時代とか江戸時代とかでも、それか今よりもっと先の時代でも」

パッと顔を上げた清士と咲桜の視線が合う。

「もしその意味が……君に会うためだったとしたらどうするかい、咲桜さん」

咲桜は目の前の神妙(しんみょう)面持(おもも)ちに耐えられず目を逸らした。

「どうだろう……そんなことより成田さん、戦争が嫌で逃げてきたなんて、一昨日の事件の時よりよっぽど逃げ腰だよね。なんか、戦争ってみんな『わー!勝つぞー!』みたいな感じなのかと思ってたけど」

咲桜の言葉が清士の心にグサリと刺さったが、第二次世界大戦が最後の戦争になっているこの世界で生まれ育った人からしてみれば無理もないのだろうかとも思った。

「きっと意気揚々としている人もいるだろう。実際、芸術や文学は皆そういったものばかりで街中にも宣伝があるし『お国のために』と懸命に働き続ける者もいるが、少なくとも僕の周囲は勝機が無いとか、無意味だとか、皆口に出さずしてそういう思考を抱いている」

清士は自分がイギリスの法律を学んでいたことや、彼自身を含め友人たちがエリートの家庭であったこともあって、彼の周辺ですでに実際の戦況を知る人がほとんどで、また彼も国がいかに無謀で無惨な戦いをしているかを知っていたし、その状況でも戦地に送られることを知っていた。