清士が咲桜を労う言葉をかけようとしたとき、後ろから咲桜を呼ぶ声が聞こえた。咲桜は聞き覚えのある声に背筋が凍った。

「咲桜さん……?」

咲桜には後ろからだんだんと足音が近づくのが聞こえ、後ろから近づいてくる人の正体も分かっていたが、恐怖で声が出せず、震えていた。段々と足音が近づき、街灯に照らされた咲桜の影にもう一つの大きな影が重なるのが見えた。咲桜はぎゅっと目を閉じる。

咲桜の予想通り、その声の主は大翔(ひろと)であった。

「咲桜……ずっと探してたんだよ」

大翔の腕が咲桜の元へ伸び、咲桜はその気配を感じて縮こまったが、その手は咲桜に触れず、清士が大翔の手を阻むように制していた。

「君は誰だ」

「いやお前こそ誰だよ、どけよ」

清士と大翔は互いに腕を出せないまま対峙する。

「お前、最近ずっと俺の咲桜と一緒にいるよな」

「咲桜さんをそんな風に呼ぶんじゃない。だいいち、君が咲桜さんに別れを告げたんだろう、今更そういったことを言う筋合いはないはずだ」

大翔は清士の言葉に腹を立てた。

「じゃあお前は何なんだよ」

「僕は……いや、僕が咲桜さんを危険な目に遭わないよう守っているんだよ。咲桜さんは僕の(ひと)だ」

清士は大翔の目を見てしっかりと訴えたが、対する大翔はそれに逆上し、ポケットに入れたままだった左手を出した。その手には拳銃が握られていた。

「……もう一度言ってみろよ、危険な目に遭わないようにだって?咲桜は俺のものだけど?」

咲桜は大翔を制した清士にしがみついている。

「咲桜、お前もさあ、よく分かんない男連れ込んでよく平気な顔してられるよな……ただじゃ済まないってのは分かってるよね?仕返しとして手始めにこいつを消さなきゃな」

大翔は左手に持った拳銃をカチャカチャと弄ぶように鳴らし、清士に銃口を向けた。そのとき、チリンチリンという自転車のベルの音が鳴り、清士は自転車のライトの眩しさに目を細めた。

「誰だ」

自転車から降りて声を発したのは、中年ほどの警官であった。大翔は背後から聞こえた野太い声で冷や汗が出た。名前を聞かれても答えない大翔を見て、警官は他のパトロールをしている警官を呼んだらしく、5分もたたないうちにパトカーが到着してきて別の警官が2人現れた。それを見た大翔は走って逃げようとしたが、中年の警官に追いかけられて取り押さえられた。

「大戸さん……!?」

声を掛けたのは、咲桜が警察署で相談した警官の寺田だった。寺田は、清士の背後で震える咲桜に手を当てた。そして彼女は清士の方を見た。この人が同居人だと一目で分かった、というのも、彼女は桜が警察署を出る前から向かい側の歩道に清士が立っていて、咲桜が署を出たときに出迎えたのを見ていたのだ。さらに、咲桜からの話で拳銃を持っている人物が大翔であることも分かっていた。

「大戸さん、一旦こっちに行きましょうか。同居人さんも離れて」

寺田が2人を大翔から離す一方、大翔はもう1人の警官に追いかけられて取り押さえられていた。