午後九時過ぎ。
塾帰りに、いつもの高架で、いつものように冬夜に会う。
暗黙の了解で“死にたがりこじらせ部”は始まった。
今日の“今日あったいい出来事”は、冬夜から。
「今日は弟の後ろ髪が跳ねてるのがかわいかった」
そう言ってほんの少し笑った冬夜は、死にたがりなのが嘘みたいに楽しそうだった。
「弟って、中学生だったっけ?」
「いいや、小学五年生」
冬夜の複雑な家庭事情は知っている。
だけどそう言ってまた優しい目をした冬夜は、家族とはいろいろあるようだけど、結局のところ弟のことをかわいがっているのだろう。
妹に迷惑ばかりかけている、うちのお兄ちゃんとは大違いだ。
「次は雨月の番だよ」
「うん……」
昨日の夜の衝撃は、一日中私の胸に重く残って、どんなに頑張っても消えてはくれなかった。
お兄ちゃんの悲痛な声、泣きじゃくるお母さんの背中、物が散乱した廊下。
そんなものが、授業中も芽衣と話している時も繰り返し頭に浮かんで、私はいつも以上に消えたくなった。
「そうだな……」
いいことなんて、今日に限っては何ひとつない。
どんなにしけた毎日でも、捻り出したらひとつやふたつは見つかるものだけど、今日ばかりは無理だ。
でも……。
「冬夜の“今日あったいい出来事”が聞けたこと」
しいて言えば、そうかなと思う。
冬夜にようやく会えた今この瞬間、ようやく私の心は、少しだけ凪いだのだから。
「なんだよ、それ」
冬夜の、戸惑うような声がする。
「だってなんかかわいかったし、いいなあって思ったの、弟思いのお兄ちゃんって」
「別に弟思いなんかじゃないよ。親と口きかないから、弟に心配されてるくらいだ」
塾帰りに、いつもの高架で、いつものように冬夜に会う。
暗黙の了解で“死にたがりこじらせ部”は始まった。
今日の“今日あったいい出来事”は、冬夜から。
「今日は弟の後ろ髪が跳ねてるのがかわいかった」
そう言ってほんの少し笑った冬夜は、死にたがりなのが嘘みたいに楽しそうだった。
「弟って、中学生だったっけ?」
「いいや、小学五年生」
冬夜の複雑な家庭事情は知っている。
だけどそう言ってまた優しい目をした冬夜は、家族とはいろいろあるようだけど、結局のところ弟のことをかわいがっているのだろう。
妹に迷惑ばかりかけている、うちのお兄ちゃんとは大違いだ。
「次は雨月の番だよ」
「うん……」
昨日の夜の衝撃は、一日中私の胸に重く残って、どんなに頑張っても消えてはくれなかった。
お兄ちゃんの悲痛な声、泣きじゃくるお母さんの背中、物が散乱した廊下。
そんなものが、授業中も芽衣と話している時も繰り返し頭に浮かんで、私はいつも以上に消えたくなった。
「そうだな……」
いいことなんて、今日に限っては何ひとつない。
どんなにしけた毎日でも、捻り出したらひとつやふたつは見つかるものだけど、今日ばかりは無理だ。
でも……。
「冬夜の“今日あったいい出来事”が聞けたこと」
しいて言えば、そうかなと思う。
冬夜にようやく会えた今この瞬間、ようやく私の心は、少しだけ凪いだのだから。
「なんだよ、それ」
冬夜の、戸惑うような声がする。
「だってなんかかわいかったし、いいなあって思ったの、弟思いのお兄ちゃんって」
「別に弟思いなんかじゃないよ。親と口きかないから、弟に心配されてるくらいだ」



