夜風のような君に恋をした

どういうわけかその顔が直視できなくて、俺は欄干の上に乗せられた彼女の手に視線を馳せた。

握ったら折れてしまいそうなほど、細い指先。

触れたら、その手は温かいのだろうか。それとも、冷たいのだろうか。 

無意識のうちにそんなことを考えていた自分に気づき、なぜだか、悪いことをしているような気分になった。

束の間、俺たちの間に訪れた沈黙。

会話をしてなくても、互いの存在は意識していた。

互いの呼吸が、夜の空気に溶けていく。

やがて、遠くから短い車のクラクションが聞こえたのを合図に、いつもの淡々とした調子で雨月が言った。

「そろそろ帰るね。遅いとお母さんに心配かけるから」 

「ああ、うん」

そう言った俺は、内心焦っていた。

俺たちが”死にたがりこじらせ部”という名のひとときをともに過ごす時間は、いつもほんの二十分程度。

部と呼ぶには、あまりにも短い。

もう少しだけ長く、こうして彼女といられたらいいのに。

「送ってくよ」

気づけば、歩き出した彼女の背中に、そう声をかけていた。

振り返った彼女の顔は、まるでお化けにでも遭遇したみたいに、露骨に困惑している。