夜風のような君に恋をした

九月上旬の気候は、夏の終わりとそれほど変わりがない。

それなのに吹く風にはたしかに秋の香りが混ざっていて、じわじわと哀愁を感じさせる。

午前九時、少し前。

俺はいつものように、高架の真ん中で、遠く見えるマンションに視線を馳せていた。

多分昭和に建てられたであろう、古ぼけた十階建てのマンション。その五階あたりを、じっと見つめる。自分の居場所を求めてさまよい、打ちひしがれたとき、俺は必ずここにきてあのマンションを眺めた。

夜に来るのは、マンションの窓明かりが見たいからだ。それに、夕食後の、恵里さんと父さんと宵の楽しそうな声を聞いていたくないからでもあった。

「いつも、何見てるの?」

欄干に両腕を乗せ、ぼんやりと窓明かりを見つめていた俺は、その声に飛び跳ねそうになる。

いつの間にか隣に雨月がいて、不可思議そうに、俺の顔を覗き込んでいた。

「なんだ、いたのかよ」

「今来たとこ」

愛想笑いのひとつも浮かべない雨月は、うらやましいほど自然体だ。

だけどそれは俺の前だけだということには、すでに勘づいている。

俺自身がそうだから、何となくわかるんだ。

真っ暗な夜の世界は、がんじがらめの世界で自分を偽ってばかりの俺たちを丸裸にしてくれる。

「ねえ、何見てるの?」

「あのマンション」