睨むように、目の前の橋場の顔を見つめる。

 こんな男に自分からキスしなきゃないとか……自分からするなら、幹人くんとしたかった。


 本当のファーストキスを貰ってと頼んだあたしの大好きな彼氏。

 次こそは好きになった人とキス出来るんだって思ってた。

 でも、こんなことになって……。


「ほら、どうした? やっぱやめるか? その場合そこの女はメチャクチャにされるし、お前も俺に貪られるだけだからどっちでもいいけどな」

「……する、わよ……」

 悔しさと悲しさに絞り出すような声が出る。

 あたしへの仕打ちがどっちにしろ変わらないって言うなら、せめて今だけでも香梨奈さんが酷い目に遭わない選択をした方がマシだと思った。


 それに、時間稼ぎにもなると思うから……。

 大丈夫、助けは来てくれる。

 少しだけ、嫌なことを我慢すればいいだけ。


 言い聞かせて、顔を上げる。

 ニヤついた顔を見ないように目を伏せて、橋場の唇に自分のそれを寄せた。

 目を閉じると浮かぶのは幹人くんの顔で……。

 尚更辛くなったあたしは心の中でごめんね、と届かない謝罪をする。

 橋場の吐息を唇で感じて嫌悪に涙が滲んだ。

 でも、やらなきゃ……!

 そう覚悟を決めたときだった。


 ブォンブォン、と外からバイクのエンジン音が聞こえる。

 何台ものバイクの音が聞こえたと思ったら、今度はこの空き家の玄関ドアが壊れてしまいそうな勢いで開かれた。


「美来!」

 あたしを呼ぶ声に、頭だけでも振り返る。

 普通に考えれば真っ先に来るのは奏か銀星さんたちのどちらかだった。

 でも、一番来て欲しかったのは彼で……。

 その来て欲しいと思っていたその人が来てくれたことに心が震えた。


 あたしは喜びのまま、彼の名を呼ぶ。


「幹人くん!」