恋に焦がれて鳴く蝉よりも

 じゃり、と背後で人の気配がして、蛍里は
思わず肩を震わせた。

 そして、固唾をのむ。
 どきどきと胸は鳴って、振り返りたいのに、
どうしてか振り返ることが出来ない。

 蛍里は体を硬くしたまま、じっと耳を澄ま
した。

 「……ようやく会えましたね」

 耳に聴こえたのは、ずっと待ち焦がれていた、
その人の声だった。

 蛍里は大きく目を見開き、振り返る。
 そこには、あの日、暖かな採光の中で出会っ
た、差し出したハンカチに深い笑みを見せた、
『彼』がいた。

 「専務っ!!」

 蛍里は驚きに両手で口を塞ぎ、立ち上がった。
 彼を見つめる。

 一年ぶりに見る彼は、間違いなく“その人”なの
に、スーツを着ていないだけで別人のようにも
見える。

 そのことに戸惑い、ただただ自分を見つめて
いる蛍里に、彼は微笑みながら近づいた。

 「僕はもう、あなたの上司ではありません」

 そう言って、蛍里に手を伸ばす。
 温かな指が前髪を梳き、確かめるように、
そっと蛍里の頬に触れる。

 「やっと会えた。このままずっと、あなたが
来てくれなかったらどうしようかと……焦り
始めていたところです」

 肩を竦めながらそう言った彼に、蛍里は目
を細め、首を振る。

 本当は、訊きたいことが山ほどあった。
 なのに、言葉が喉に詰まって声になって
くれない。どうして突然居なくなったのか。

 なんで詩乃守人のサイトが消えてしまった
のか。そして、自分があの本を見つけられな
かったらどうするつもりだったのか……。

 そんな言葉が胸に溢れて、溢れて、言葉の
代わりに涙が溢れてしまいそうだった。

 けれど、そんなことよりも先に伝えたい
ことがあった。それは二つのことだ。

 蛍里は絞り出すようにして、言った。

 「……好きです。ほんとうに、会いたかった」

 震える声で、嘘偽りのないその想いを口
にした蛍里に、彼は目を細める。

 そして小さく頷くと、手を伸ばし、蛍里を
抱き寄せた。

 強く自分を抱く腕の中で、ようやく、これ
が夢ではないのだと、蛍里は信じることが
出来た。蛍里の耳に「愛している」と、彼の
掠れた声が届く。

 その言葉に応えるように、蛍里は顔を上げた。

 彼の顔が近づく気配を感じ、目を閉じる。
 やがて重ねられた唇は深く、深く、会えなか
った時間を埋めるように幾度も重なり、蛍里は
苦しくなる息に彼の服を握りしめた。

 「……っは」

 唇が離れた瞬間、蛍里は膨らみきった肺を
開放するように、長く息を吐いた。

 彼がくすりと笑う。
 そうして、しっとりと湿った蛍里の唇を、
愛おしそうに親指で拭った。

 蛍里は何だか恥ずかしくなって、彼から
視線を逸らしてしまった。

 やっと再会を果たし、想いを通じたいま、
彼は恋人として自分に触れている。

 そう思えば、何だか胸の奥がこそばゆい。