朗らかさと明るさを足して割ったような雰囲気を持った若い女性が、ドアを開けた俺を見上げて笑顔を向ける。
『隣に引っ越してきた出穂です。なるべく迷惑がかからないようにしますが、なにかあったらすぐに言ってくださいね。これ、ご挨拶にと思って。私が一番好きなどら焼きです』
『どら焼き……この真夏にか』
もともと甘いものは得意じゃない。
それでも、いつもなら建前上、礼を言い受け取るところだったが、この日は失礼だとかを考える前に声が出ていた。
玄関を開けただけで、むっと湿度を含んだ外気が入り込み、暑さにため息が出そうになる。
たしか今日は三十八度を超える予報だった。
しかも時間は十四時過ぎ。
他人の家のインターホンを押すのに問題がある時間ではないにしても、時間を選べという文句が喉まで出かかった。
出穂はキョトンとしたあと『あ、お嫌いですか?』と首を傾げる。
俺と出穂はこれが初対面だ。お互いのことなんて何も知らなくて当然なのに、いちいち説明するのが面倒で苛立っていた。
『暑い日は甘いものはとくに食べたくなくなる』
『あ、でも、じゃあ、ちょうどよかったですね』
『は?』
『疲れたお顔しているので。少しでも食べて糖分補給してください。おいしいですよ。あ、そうだ。あとこれもよかったら』
追加で手渡されたのは、ラムネの瓶。
引っ越しの挨拶に持参する土産ではないと思い眉を寄せた俺に、出穂がへらっと笑う。



