けれど、そのあたりから出穂の状態は落ち着きを取り戻していき、健康的とはまだ言い難いが頬にも赤みがさし、若干だが表情も豊かになった。
そして、そのうちに、『あの、私の再就職先のことなんですが』と、自ら次のステージを口にした時には、嬉しさのようなものが沸き上がるのを感じた。
『今日、挨拶してきたので、明日から出社になります。職場の方は、みんないい人そうでした。あの、岩倉さん。私なんかのために本当にありがとうございます』
『〝私なんか〟はやめろ』
『あ、すみません……』
生い立ちやらブラック企業勤務で癖をつけられた自己肯定感の低さは、なかなか厄介なものなのはたしかだった。
出穂が息をするように〝私なんか〟と言いだすため、いちいち注意するのが面倒だと思わないこともない。
まぁ、まだ無理やり退職させてからそう時間も経っていないのに効果を期待する方が間違っているか……と考えていたとき、出穂が言った。
『あの、少し前、私が編みぐるみを可愛いって言ったら、岩倉さんが〝丸いしな〟みたいなことを言っていて、それから考えていたんですけど。私、丸い形のものが結構好きかもしれません』
俺が何気なく言った言葉をずっと考えていたのかと内心驚きながら『たとえば?』と聞くと、出穂が答える。
『あ、えっと、風鈴とか気球とか、地球儀とか……あ、あと、どら焼きとか』
最後、パッと笑みを浮かべた出穂と〝どら焼き〟という単語に、思わず笑う。
そんな俺を、出穂は不思議そうに見ていた。



