「あの、岩倉さんって、そんなにコーヒーがお好きなんですか?」
「ああ。それがどうかしたか?」
「あ、いえ。入れ方に指示を出すほど好きだとは思わなかったので」
本島さんの疑問は当然だ。
自分の事務所の事務員相手ならまだしも、いくら顧問弁護士を務めているとは言え、他の会社の社員にコーヒーの入れ方を指導することなんてまずない。
味の好みがあるから、この方は薄めでとか、この方は緑茶で、とかそういうオーダーはあったとしても、岩倉さんみたいに給湯室まで入り込んで私に横づけしてああだこうだ言う人は他にいない。
壁に寄り掛かり腕組みをした状態の岩倉さんは、本島さんを見て答える。
「俺も、こいつが相手じゃなかったら口を挟まない。でも、今後も長く一緒にいるなら、お互いの好みを理解し合っていた方がいい。まぁ、花嫁修業みたいなものだな」
ちょうど、最後の一滴となったお湯がポタッと落ちる。
ドリッパーのなかのお湯が、徐々にコーヒーに姿を変えカップに落ちていく様子を見つめてから、ゆっくりと隣にいる岩倉さんを見上げた。
いつも通りの涼しい横顔をじっと見つめる。
岩倉さんの視線の先では本島さんが困惑した顔を浮かべていた。
「え? あの、花嫁修業……って、誰のですか?」
「俺のに決まってるだろ」
岩倉さんの言葉を、五秒ほどかけて理解した本島さんが「あ、すみません……っ」と言い、給湯室を出て行く。
その様子を見届けた岩倉さんは、壁から背中を起こす。そして私の隣に並んで立つと、フィルターごと粉を捨て、ドリッパーをシンクに置く。
それからカップを持ち上げ口に運んだ。



