ポリーが出ていってから三十分後、いそいそと準備を整えたフィオナは、ローブを上からはおり、高価な衣装が目に付かないようにした。

『では行くぞ』

 ドルフは大きな姿に戻り、フィオナを背にのせた。彼はゆっくり目を閉じ、開くと紫の瞳が淡く光った。力を使うときは、彼が纏う空気も変わる気がする。フィオナには産毛が立つような感覚として伝わってきた。
 気づけば、ドルフとフィオナ以外の人間の動きが止まっている。

『乗れ』

 言われるがまま彼の背中に乗り、首に手を回してしがみつく。
 彼が駆ければ、一瞬で場所が移り変わった。フィオナの目では追えないくらい早く移動しているのだろう。
 あっという間に、フィオナは見たこともない商会の近くの路地裏にいた。人々の動きは止まっていて、音もない。不思議な感覚だ。

『動かすぞ』

 ドルフは子犬の姿に戻り、そうつぶやく。途端に、止まっていた人々が動き出す。
 フィオナは何食わぬ顔でドルフを抱えて歩き出した。

「あ、フィオナ様!」

 商会前で待ち合わせしていたポリーが駆けてくる。

「ほんとにいらっしゃった!」

「ポリー、静かにして」

「あ、すみません。なんだかまだ信じられなくて」

 フィオナはそう言い、中へとフィオナを案内してくれた。
 今日の予定のひとつは、ポリーの両親との面会だ。正式な販売契約と増産のための計画を練るのだ。
 あまり時間がないことも伝えてあるため、契約書類なども事前に作ってくれている。

「いやはや、髪飾りと首輪の売れ行きはすごいですよ。ペットと共にというのが受けたのでしょうな」

 ポリーの父親もドルフを見ながら言う。「クウン」と甘えたような声を出したドルフに、おやつが渡された。抜け目なくあざとい。

「でも私だけでは、世に売り出したりできませんから、サンダース男爵にはとても助けられています。それでね、増産計画ですけれど、私としては、孤児院の子供たちに手に職を持たせたいと考えているんです」