『なあ、フィオナ。ドレスは脱がなくていいのか』

 ドルフがそう問いかける。それはフィオナも思ったが、ひとりでは脱げない形の上に、オスニエルがいるところで下着姿になるのも嫌だった。

「殿下が寝てから脱ぐわ」

『……寝るかな、あの男が』

 明かりを消し、互いに息を殺して黙り込む。呼吸の音さえ聞こえて、気まずいことこの上ない。
 マーメイドラインなので横になれないわけではないが、豪華な飾りのついたドレスは当然寝づらい。美しさを際立たせたレースも、こうなると肌にチクチクと痛かった。

 何度か寝返りを打っていると、居間の方で動きがあった。
 オスニエルが上半身を起こし、ため息をついているのだ。

(ため息をつきたいのはこっちよ)

 やがて、彼がこちらに向かってくる気配がする。フィオナは慌てて寝たふりをした。嫌がらせで自分を抱くことも、彼ならばあるかもしれない。その時はドルフをけしかけて、なんとかして逃げよう。フィオナは心の中でそう決めた。
 だが、すぐ近くに彼の気配があるのに、彼の手がフィオナに触れることはなかった。ささやきが空気を揺らし、フィオナの産毛の上を通る。

「美しいな」

(……えっ?)

 彼の口からポロリと漏れたのは、まさかの誉め言葉だ。フィオナはドキドキしながら続く言葉を待った。目を閉じ寝たふりはしているものの、瞼が震えてしまう。

「……なんの気の迷いだ」

 ポソリとつぶやき、彼はそのまま踵を返した。足音が遠ざかり、やがて扉の閉まる音がする。