8度目の人生、嫌われていたはずの王太子殿下の溺愛ルートにはまりました~お飾り側妃なのでどうぞお構いなく~

 ズンと大きな重力を感じ、硬く目をつぶって、あまりにも早い八度目の人生の終わりを覚悟したそのときだ。
 突然、周りから音が消えた。
 フィオナはゆっくりと目を開ける。地面にぶつかったのならその衝撃が体に伝わってもいいはずなのになにも痛くない。そしてひどく静かだ。

「どういう……こと。ドルフ、どこ?」

 馬車が斜めになっているのか、まっすぐ立っていられない。車体にしがみつくようにして、ひしゃげた扉の隙間から外を見る。
 そこから見える光景に、フィオナは絶句した。馬車は、宙に浮いていたのだ。そして青白い光に包まれた大きな狼が、毛を逆立ててこの馬車を見つめている。

「なに……一体何が起こっているの」

『フィオナ、じっとしてろ』

 頭の中に声が聞こえる。それを目の前の狼が言っているのは理解できた。
 フィオナが黙って頷くと、狼は宙を駆けるようにして、動きの止まっている馬車を頭で押し上げた。
 地面に降り立った振動がフィオナにも伝わってくる。そして狼は、ひしゃげた扉を咥えて外し、フィオナに出てくるように言った。
 よろけながらも地面に降り立ったフィオナは、あたりを見て呆然とする。

「なんなの、これ」

 そこに、音はなかった。岩原がむき出しとなっている山道だが、山頂の方は木々が生い茂っている。だというのに鳥のさえずりさえ聞こえない。それどころか、空中で鳥が止まっているではないか。

『時間を止めている。馬車が落ちそうだったものだからな』

 こともなげに狼が言う。時間を止めることができるなんてとんでもない力だ。まるでルングレン山の最上級聖獣が持つような……

「あなたは……聖獣?」

 おそるおそる聞くと、狼は呆れたように鼻を鳴らした。

『ああ』

「どうして私を助けてくれるの? 聖獣はルングレン山にいるのではないの?」

 必死に訴えれば、狼は憐み交じりの瞳を向ける。