隣国オズボーンへは五日の旅程だ。と言っても、国境までは一日半で着く。そのくらいブライト王国は小さく、オズボーンは大きな国なのだ。
 馬車で揺られ続けるのは疲れるため、二時間に一度、休憩がとられた。

「……フィオナ」

 岩肌がむき出しになっている山岳地帯で休憩することにした一行は、フィオナのために岩にクッションを敷く。そこに座って息をついていると、トラヴィスが名前を呼んだ。昔から口の悪さが直らなかった彼は、いまだにフィオナを呼び捨てで呼ぶ。そのたびに咎められたくせに、直す気はなさそうだった。

 だが、城の外では外聞が悪い。「呼び捨てはやめて」とつぶやいてフィオナは軽く睨んだが、トラヴィスは特に気にしていないようだ。

「本当にいいのか。国のための結婚なんて」

「いいか悪いかの問題じゃないわ。もう決まったことだもの」

 フィオナはドルフを膝の上にのせて、背中を撫でた。彼は気持ちよさそうにあくびをし、半眼のまま話すふたりを見ている。

「じゃあ他に選択肢があればどうだ」

 トラヴィスはほかの護衛に聞こえないように身を屈める。自然に親密さを感じさせる距離になり、フィオナは焦る。ドルフも不快そうに低く唸った。

「俺と逃げよう。フィオナ」

「その話は断ったでしょう。いい加減にして。トラヴィス。私の結婚は国のためよ。もうすぐ国境だわ。あなたは私をあちらの国に引き渡して、その後式に参列するエリオットを連れてきてくれればいいの」

「……それは、俺の気持ちに応える気がないということか?」

 トラヴィスの目に熱がこもる。
 彼は昔から、フィオナに対しての恋愛感情を隠そうとしなかった。が、フィオナにとってはローランドと同じ、ただの幼馴染だ。熱く思いを打ち明けられれば、十七歳の乙女心は揺らぐが、過去の人生ではその揺らぎに従って、国に破滅をもたらした。同じことを繰り返すわけにはいかない。