形よく膨らみ、いい焼き目のついたマドレーヌ。
ひとつ手に取って口へ運ぶと、
「うまい」
父さんの味だ。懐かしくて、ふいに涙があふれてきた。
しばらく店を敬遠し、意地を張って、罪がないのにお菓子も食べることを避けていた。
なのに、体はこんなにも父さんのお菓子を欲していたんだ。
***
「あら琉生君、いらっしゃい」
俺は出来立てのマドレーヌを持って、莉緒の家に来ていた。
昨日に続き、こんな時間に現れた俺を、おばさんは快く出迎えてくれた。
「こんばんは。莉緒いますか?」
「ええ、部屋にいるわよ」
玄関を大きく開き、俺に入るよう促してくれる。
莉緒が俺の家でくつろぐように、俺にとっても勝手知ったるこの家。「お邪魔します」と言って靴を脱いだ。
階段を上る自分の足が、心なしか震えてる。
なに緊張してんだよ。
自分の右足をバシッとたたいてから莉緒の部屋をノックすると、「はい」と応答があり、俺はドアを開けた。



