「婚約者が世話になった」


 そう急がなくてもよかったのに、固めているはずの髪が少し乱れてしまっている。

「放ったらかしにされているお嬢さんと話していただけだよ」

 ルーカスと向かい合う形となったエメリス様は肩をすくめる。

「久々に会ったっていうのにご挨拶だな。僕が何かするはずもないって知っているだろう」
「それでも愉快な気分でないことも、知っているだろう?」
「まあね」

 なんだか分かり合っているような顔で再会の挨拶を交わす。
 エメリス様の噂の恋人にお会いしてみたかったのだけど、今日はいらっしゃらないというのが残念。挨拶に回るとおっしゃるエメリス様の背中が遠ざかると、ルーカスが振り向いた。わたしの手首を掴む。

「エヴィ、他人が差し出すものを安易に受け取ってはいけないと教えただろう。十二分に警備されている王城とはいえ油断してはいけない。薬でも盛られていたらどうする」
「あら、あなたが信頼してらっしゃる方だからよ。そうでなければ受け取るはずがないわ」

 自分の顔が見て取れるほど、緑青色の瞳がまっすぐに見下ろしてくる。

 貴族として生まれ育ち、身を守ることの大切さはそれこそ物心ついた時から刷り込まれている。これまで平穏無事に生きてきたからといって、これから先もそうとは限らない。当家は子爵とそう高い爵位でもなければ、その中でも立派なほどの家柄ではないけれど、ランドール家に嫁ぐことになっているのだから。

 きちんと理解しているつもりだし、それは彼にも伝わっているはずで、いつもは、少なくとも公の場ではそうした扱いをしてくれているのに。

 瞳に映るわたしの表情は、なんともいえない。……だってこれでは心配性を通り越して過保護。わたしはもう幼子などではないのに。
 わたしがどれだけ努力して大人になろうとしても、彼にとってはいつまでも子供でしかないのかもしれないと、悲しくなった。

 迎えに現れたお兄様と一緒に王女殿下にご挨拶に行き、弟君であられる王子殿下たちとも一言二言交わしてから、兄様たちとそれぞれ一曲踊った。今回のわたしのパーティーは、そこで終わった。