「ランドール家で教わるとは、もしかしてセイラ様ですか?」
「はい。今は自分も庶民だからと、親身になっていただいて」

 なるほど、と納得する。
 ランドール家には使用人の中に元令嬢がいる。男爵家の末娘だったセイラ様は、使用人と恋に落ちて駆け落ち、東の国境を越えようと旅をしていたところを領地を視察していた奥様、ルーカスのお母様に見つかり拾われたのだと聞いている。アンヌ様とは逆の立場でありながら、状況としては近いといえる。

 正直、アンヌ様の立ち位置は微妙なところ。庶民が貴族になろうだなんてと、嫌悪したり見下す人間も多いはず。その点セイラ様はどちらの気持ちもお分かりになるだろうから、きっと適任だったということね。もちろん、貴族の末子が庶民になることと、庶民が貴族の嫡男に嫁ぐことは、同等に語ることは出来ないけれど。

「セイラ様もこちらに?」
「いえ、奥様のお世話があるということでこちらには。代わりと言っては何ですが、ルーカス様にはおかしなところがないか確認をしていただいております」
「そんな大事な役割を?」
「もうセイラさんからは太鼓判押されてるんだけどね」
「と言うほどでもないのですが、セイラ様の前だとどうしても先生に見守られる生徒という状態になってしまいますので、パートナーと過ごす気の緩む時間でもそれなりに見えるかどうかを第三者の目で見てもらえればと」

 まだ公にしていない関係ということで協力者が限られているにしても、そんな時に頼られるなんてルーカスとエメリス様は本当に良いお友達なのね。
 それにしてもアンヌ様の浮かべる困ったような微笑みさえ美しくて、パートナーだとか、気が緩むとか、惚気もいいところではないかしら。
 この二人なら大丈夫、必ずいい夫婦になる。……わたしたちとは違って。

「先月あたりからカフェや劇場などに同行していただいて、」

 過ぎった自分の感傷に、沈んだ気分のまま落ちた目線。ふと視界の端に掠めた色彩に誘われるようにして目を向ければ、それは彼の手元を飾る、あの日贈ったカフリンクス。緑青色の石が彼の瞳のようにわたしを見上げる。