聞いてしまった内容に、どうしてか足が動かない。きっとそういうことなのだろうと予想して、彼が求めるなら婚約解消くらい受け入れるつもりで、わたしたちの兄妹のような関係は変わらないはずだからと、
 ……そう、子供じみた独占欲なんて捨てて、家族なら祝福すべきことだとさえ思っていたのに。

「エヴェリン、遅いから迎えに行こうかと思ったよ」
「ごめんなさいお兄様。お友達とおしゃべりしていて」

 出ていくタイミングを見失ってぼんやりしていると、いつの間にか話題は移っていて、わたしに気付いたお兄様に隣の席へと誘われる。

「やあ、エヴィ」
「……おひさしぶりです。酷いわお兄様、お呼びしているなら教えてくれればよかったのに」
「ここでこうして過ごすのも、もうなかなかない機会だなと思ってね」

 わたしはどんな顔をしているだろう。

 これまでどんな風に彼と接していたのだろう。

「あのデートの約束、守れなくてごめん」
「いいえ。むしろお手紙と贈り物をたくさんありがとうございます、気を遣わせてしまって」

 守れなかったんじゃなくて破ったくせに。
 どろどろと粘度のある塊が喉の奥にあるようで、息が詰まる。お腹の中で何かがぐるぐると渦を巻いて気持ちが悪い。

 きっと二人も気詰まりだったろうに、あくまでも優しく、あたたかな話を途切れさせることなく続けてくれた。わたしも笑顔でそれに乗る。
 腫れ物に触るかのような気遣いに一層居た堪れない気持ちになるけれど、だからといってわたしに何が出来るでもない。

 何を食べても味の分からない、飲み物でさえ上手く飲み込めない、こんなにも気まずいランチタイムは生まれて初めてだった。
 無理矢理に口から押し込む気持ちでなんとか食べ終えた時には、ぐったりと、そしてそれを見せないように表情を作ることでさらに疲弊して。

「授業の準備があるので、わたしはこれで」

 と、逃げるように席を立った。