噂話をしていたのは、誰だったか。記憶は遠い。
 昔から似たような話は幾度となく耳にしていたが、さして興味を引くことはなかった。女神の手足となる天使がそのような戯言に惑わされるわけがない。望みが叶うも叶わないも、すべては女神の思し召しなのだから。

「あなた、強い強い望みを抱いているのね」

 役目を与えられて降り立った地上で、人間たちに女神の意思を伝えるべく導き教え、全う出来たと一息ついた時に、現れた女。村外れにある豊穣の神を祀る祠に挨拶をし、背を向けたタイミングだった。

 天使を認識するはずのない人間から、それでも声をかけられることは稀に起こり得る。各地で語られる伝承がそれだ。生きる世界が異なっていても、波長が合う、また特異な条件が揃うなどすれば、二つの世界は一時的にでも重なる。
 それでも滅多にある状況ではなく、ヴァリオルは僅かばかりの驚きをもって振り向いた。

 声の主は、使い古された色もないような布地を頭巾のように目深に被った人物。性別とおおよその年代は察するものの、表情ひとつ見て取れずに訝しむ。

「驚かないのか」
「何がでございましょう。流浪の民なれば、不可思議も茶飯事でありますもので」