ユーニが飛び込んできたことに、館は一瞬にして騒然とした。一時雇いの使用人とはいえお仕着せをきっちりと着込んでいたはずの彼女が、そうとはわからないほどに破け汚れた姿をしていたからだ。
 何事かと執事が駆けつけ、伯爵不在の今、その妻である夫人のもとへと伝令が走り、ユーニはほとんど面識のなかった夫人と対面することとなった。

「レイチェルさまが!」と髪を振り乱して繰り返すユーニの背を撫でる夫人の手は、彼女の世話する少女の手と同じようにあたたかかったけれど、娘の不在を知った夫人は困惑するばかりで埒が明かない。使用人たちも右往左往して夫人の指示を待つだけ。

 しばらく姿を見ていないとは気づいていたらしいのに、世話係を連れての散歩だろうと、心配していた様子すらもない。
 水を差し出すメイドを押しやり、傷だらけの足で立ち上がった。

 どうしましょうとか、旦那さまを呼ばないととか、そんな場合ではない。
 令嬢の誘拐など身代金目的だとは想像も容易いが、見知らぬ男たちに攫われて、レイチェルは今頃どんな恐ろしい思いをしていることか。連れ去られる瞬間の恐怖に青ざめた顔が思い浮かぶ。
 ユーニの可愛いお嬢さま。彼女のために出来る限りの手を尽くしたかった。

 日常の範囲内であれば人より強いと思っていた足腰を叱咤する。さすがに馬を追いかけた上での急ぎの復路は無茶をした自覚はある。
 疲労から震える足で玄関を飛び出したユーニは、


「どこへ行くつもりだ?」


 背後からの声にハッと足を止めた。