土砂崩れに巻き込まれながらも九死に一生を得たレイチェルだったが、意識を取り戻した彼女を待っていたのは残酷な現実だった。
 ともに事故に遭った幼なじみのシエルとフレーテが、死んだ――。
 先日までの長雨による地盤のゆるみから崩れた土砂、二人は完全に埋もれた状態で発見されたという。埋もれながらも倒木の隙間から呼吸を維持出来ていたらしいレイチェルは奇跡的だったのだ。


「――ったのでは!?」


 さすがに手洗いくらいは自力で行きたいと、痛む身体に鞭打ち自室を出たレイチェルは、通りかかったドア向こうの話し声に足を止めた。

「滅多なことを言うもんじゃない。彼女だって死にかけたわけなんだから」
「だけどあなた……!」
「気持ちは同じだとも。しかしお前、落ち着けとは言えんが深呼吸してみなさい」
「あなたもよ。そんな顔、他所様でお見せするものではありませんわ」

 ドア越しの複数の声が、苛立ち苦しみの響きを持っていると分かる。
 聞き覚えはあった。日常的に聞いていたわけではないが、おそらくはシエルとフレーテの両親だ。三家とも当主はそれぞれの本邸にいるはずだったが、事故の報告を受けてそれぞれ駆けつけてきたということなのだろう。

「……娘だけが生きて帰ってきたこと、誠に申し訳ない」
「何をおっしゃいますのアルトラ伯爵。レイチェルさんだけでもご無事で喜ばしいことではないですか」

 シエルの母親であるワーグナー伯爵夫人の言葉は優しく、それでいてレイチェルの胸に刃のように刺さる。
 ここまでを聞いただけでも幼なじみたちの死について、唯一助かった彼女を責める内容であることが窺えた。二組とも夫婦のうち片方は冷静さを保っているとも聞こえたが、それも表向きのものに違いない。

「ですがワーグナー伯爵のご嫡男とカイム子爵のご長女です、我が家の罪は重い……」
「旦那さま……」
「そうよ! ようやく婚約が整おうってところだったのに! エリゼさまもそうお思いでしょう!?」
「……フレーテさんがお嫁に来てくれたならそれは似合いの夫婦になるだろうと、楽しみではありましたけれど。ああもちろんレイチェルさんとではいけないというつもりはありませんのよ」
「フレーテに嫉妬したあの子が二人を連れ出したのに決まってます!」
「だからお前は言い過ぎだと言っている。それで自分まで死に追いやるような目に遭うなんて馬鹿げているだろう」
「無理心中でもしようとしたのでは!? 女は嫉妬に狂えばなんでもやるものよ!」

 はばかることなく声を荒らげるカイム子爵夫人は、気持ちが昂りすぎたのか、わっと泣き出した。妻を慰め宥める子爵の声が続く。
 カランカラン、と部屋の中からメイドたちを呼ぶベルの音に、レイチェルは震える足を叱咤してその場を離れた。