「シャルア……!?」


 そうと、一目で分かった。ぬかるみに横たわった華奢な身体。何が起きたのか、花畑のように咲いていた野草は折れ倒れている。

 慌てて駆け寄れば、擦り傷や裂傷など傷だらけであることが見て取れた。助け起こすと、ぐったりと体重が膝にかかる。
 閉じられたままの瞼。ゆっくりと、うっすらと、開く。

「……てん、し、さま……むかえに、きてく、れたの……?」
「違う! 違う!! 何だよ、何がどうなってるんだよ……ッ!」

 一瞬瞳に灯って見えた生気は、しかしすぐに消えて事切れる。今度こそ完全に力を無くした身体は、それでも死の間際に見た天使の姿にか、微笑んでさえいて……ギルウェルは掻き抱いて慟哭する。

 降りしきる雨の音はそれさえ消し去るほどに強くなり、自分の声すら途切れ途切れで聞き取れなくなっていく。

 涙なのか、雨なのか。ぐちゃぐちゃに濡れた顔を上げたギルウェルは、霞む視界の中に人影を見る。黒い、少女の、それは見慣れたシルエット。


「エルザ、君なのか……? 君が彼女を……?」


 眼前の崖上に立つ友人に向けて問いかける。息が詰まり声が震える。
 状況は高所から突き落とされたことを物語って見えた。信じたくない、大切な命が潰えたことも、親しく思っていた者がそうしたのだろうことも。


「答えてくれ、君は他の悪魔とは違うと思っていたのに!」


 怒り、哀しみ、憎悪、嘆き、感情が渦を巻いてギルウェルの内を満たしていく。
 雨音で遮られ聞こえないのかエルザは微動だにしない。


「……あたしは、悪魔だもの。これが、あたしの、」


 激しい雨の中、微かに聞こえる声がある気がした。それでもその程度。ギルウェルには泣き笑うエルザの声も、そして心も、届きはしない。


「あたしの、愛し方だったんだわ」


 エルザの周囲を一層の闇が取り囲む。と同時、シャルアを地面にそっと寝かせ、立ち上がったギルウェルの全身が光を帯びた。黄色く、白く、太陽にも似たあまりに強い輝き。


「悪魔あああああああああ!!」


 光と闇がぶつかった。

 それを止めるすべはなく、朝とも夜ともつかない空に鳥は飛び立ち、地面は音を立てて揺れ動く。力の限りで衝突する彼らから発せられる衝撃波に、雨すら吹き飛ばす爆風が辺りをなぎ倒していった。