ここは、天の楽園フェンシィオ。
 地上から遠く離れた天空の、太陽にほど近い雲の上。草木は青々と生い茂り、一面には瑞々しい花が咲き乱れる。光に満ち溢れたこの世界ではいつだって清涼な風が吹いていて、清廉な空気の中、白い翼を持つ天使たちが暮らしている。

 楽園の象徴たる神殿は、フェンシィオの中心地。果てしのないほどに広がる雲にはどこが果てというような概念もなく、それでも中心といえば神殿と、誰しもが思っていた。一段高い雲に聳え、どこにいても臨むことが出来、地上を見守る天使のことを見守っている。
 そこに御座すのは女神だ。天使というものをこの世界に育んだとされているが、滅多にお目にかかれるものでなく、女神もまた神殿同様に象徴としての存在といえた。

「ヴァルッ」
「ミア、遅いぞ」
「ごめんなさーい」

 晴れて恋人同士になったミアシェルとヴァリオルは、とても仲睦まじい日々を過ごしていた。長く親しい友として付き合い、周りがやきもきする中まとまったのだ、幸せ、としか表現出来ない時間だっただろう。

「どこに行こうか」
「そうだねぇ……。あ、神殿の近くに綺麗な泉があったって、セフィーが見つけたって言ってたよ」
「んじゃあそこ見に行ってみようか」
「うん!」

 見つめ合い、手を取り合って。これ以上の幸せはないと、他には何もいらないと思えるほどに、互いの存在に喜びを感じていた。……その日、その瞬間まで。

「天使ヴァリオル、女神さまがお呼びだ」

 警備隊に属す天使たちが現れた。神殿内でも女神直属の、強い支配の下にある者たちだ。庭園でいつものように談笑していたミアシェルとセルフィルたちの目の前で、ヴァリオルを鋭く睨め付ける。
 
「ヴァル……?」
「セフィー、ミアを頼む」
「何言ってんのよ、心配なのはあんたの方でしょ?」

 顔色を無くしながらも恋人を気遣うヴァリオルを強引に引っ立てる警備隊は、その両腕を後ろ手に拘束。そうすると翼も閉じられ自由を失うと、皆知っている。
 追い縋ろうとするミアシェルの腕を叩き落とす勢いで振り払い、身動きの封じられた男をさらに全員で取り囲んで神殿へと向かっていく。それは、明らかな連行だった。