「この間は汚ったない人間なんかのふりをしてたから、ねぇ、見違えたかしら」

 力なく掠れた声を吐き出すヴァリオルに、少女は熟れきった果実色の目を細め、楽しげに顔を覗き込む。噎せ返るほどの甘い匂いが呼吸をするたび流れ込み、ヴァリオルは咄嗟に鼻を覆い息を詰めた。
 少女は気にする風もなく、弾むような足取りで華麗なターンを決める。

「うふふ、あなたの望みは叶わないわ。あれはただの石だったのだもの。もちろん、天使が天の国を追い出されるくらいの力を持ったものではあるけれど」

 ふわふわと、ドレスのように裾を翻しては笑って、視線を投げかける。黒髪が肩の上で踊って目を引く。

「気付かなかった? あれはこの世界、人間たちの世界のものではないのよ」
「……まあ、そうだろうな……」
「そして私も、この世界のものではない」

 得意げな顔でにんまりと笑う少女。言われるまでもない。天の世界でも、人間の世界でもないものを持ち出すなど、そんな存在がそうあってたまるものか。黒い翼が何よりの証拠だ。


「悪魔」


 地の奥底に広がるとされる世界に生きる者。相反する性質を持つため関わることは皆無に等しいが、互いに認知はしている。

「そう。大した力も持っていないけれど、ね」

 弧を描く赤い唇に人差し指を添え、小首が傾ぐ。

「覚えてないかしら。遠い昔にもこうして話をしたことがあるわ。その時とは立場が逆で……」

 それは、遠い遠い昔のこと。何百年という時間の経過とともに記憶の底に押しやられていた面影が、目の前の少女と重なる。

「私は天使なんかに情けをかけられて、殺してやりたいと思った」