僕の好きな人が、随分とめかしこんで出掛けて行った。見合いのために。

 ――ああ朝から気分が悪い。

 今朝も起こしに来てくれるはずだった彼女は、支度に時間が必要だからとその役目を放棄して、おかげで僕は一人で目を覚ました。
 アンのことだから自分から仕事を放棄なんてしないだろうし、実際には取り上げられたようなものなんだろうとは分かってはいるけど、だからといって面白くないことには違いはない。いや、正直に言うと不快だ、当たり前だ。

「……アンは僕のなのに……」

 不貞腐れたまま吐き出した声に、自分で落ち込んで項垂れ、テーブルに額を打ち付ける。
 今日は一目たりと彼女の姿を見ていない。いや、出掛けていく姿を窓からは見たけど。今頃は相手と対面を果たしているのかと思うと、時間だってすべきことだってあるけど、もちろん何も手につかない。無理やり飲み込んだパンが喉をせり上がってきそうだ。

「坊ちゃん、お暇なんでしたらお部屋に戻られるか外にでもおいでになられたらいかがです」
「……ショーンまで僕を邪魔者扱いする……」
「実際メイドたちが片付ける妨げになっているんです。そのあたり自覚していただけると助かります」

 若い従僕の遠慮のない物言いに、僕はぐりぐりと額をテーブルに強く押し付ける。

「だって僕のアンがぁ……」
「アンは物じゃないですし、雇っているのも坊ちゃんじゃないですよ。お忘れですか?」

 真っ当な指摘に唸るけど、そんな僕に声をかけてくる者は他にいない。
 ショーンとは数年来の付き合いになる。少しだけ年上の彼とは、同年代の使用人が入ったことに興奮した僕が執拗に話し掛け続けたせいで当初から打ち解け、学園の友人より親しみを覚えているほど。
 今では使用人とは節度をもった距離感を心掛けてはいるけど、まあ何事にも例外ってあるよね。

「ここにいても仕方ないでしょう。気分でも変えられては?」
「……そうだな。出掛ける」
「はい」
「ついてこい」
「はい?」

 移動する気になった僕の椅子を引いてくれたショーンは、立ち上がるなり一言命じて歩き出す僕を慌てて追いかけてくる。

「坊ちゃん、どちらへ」
「馬車を用意しろ。急げば間に合うかもしれない」
「あの、まさか、」

 目的地はもちろん、アンの向かった見合い会場だ。