優雅な手つきでカップを持ち上げた母様が、ゆったりと口を開いた。穏やかに吹く風が、まだ高い陽射しの熱をのせている。

「……見合いってなんですか」
「あなた、その歳になって見合いが何であるかも知らないの?」
「そんなわけないでしょ! 茶化さないで!」

 思わず手をついたテーブルの上、茶器がガチャンと鳴る。母様は見咎めるように眉をひそめ、その仕草に怯んで座り直す僕に、小さく肩をすくめてみせる。

「だってねえ、あの子もそろそろいい歳でしょう」
「まだ十八ですっ」
「あら詳しい。アンのことになると必死ねえ」

 うふふと微笑まれても、今の僕にとっては神経を逆撫でられるだけ。

「でも十八ともなると、結婚していてもおかしくはないのよ、知っているでしょうに。むしろ遅いくらいだわ」
「だけど母様、アンは上手くいったら辞めるようなことを言うんだ、そんなの困るじゃない」
「そうねえ、あの子は働き者だもの」
「だったら!」

 今度はテーブルを揺らさないよう身を乗り出して、気合いを込めた視線で母様に訴える。
 アンは僕の世話を一手に引き受けてくれている。なんたってわがままでお子様な主人が、まあつまりは僕が、他の人間に手を出されると途端に不機嫌になるからだ。
 ……というような理由はひとまず棚上げで置いておくとして、雇い主としてもそんな彼女に辞められたら痛手のはず。後任を探すのも大変だし、使い物になるかも分からない、教える手間もかかる。ほら、アンを辞めさせるわけにはいかないじゃない?

「でもあの子には、身寄りもなくして懸命に働いてくれるからって、わたしたちは甘えていたと思うのよ」

 母様の視線はまっすぐ僕に向かい、はっきりと諭しているのが分かった。

「恋だって趣味だって、いろんな世界が広がる年頃の娘なのに、悪いと思っていたの」

 お前の甘えで彼女の人生を狂わせていいのかと、言っているようだと思った。
 身分違いの恋――。
 僕には嫡男としての責務があり、平民出の使用人との未来など望めるものではない。それでも僕はまだいい、妾でも何でも手元に置く手段はあって、その犠牲になるのは他の誰でもない彼女だ。その責任を背負えるのかと、初恋の熱に踊らされるばかりの僕を窘めている。

「……それでも、僕は……」