「それにしても、坊ちゃんは本当に朝が苦手でらっしゃいますね」

 スコーンをつまむアンを眺めていると青灰色の瞳がこちらを向いて、小ぶりな唇から出たのはそんな言葉。しみじみと言われて、僕は口を引き結ぶ。

「アンにしてみたら今更だろ、小言ならよしてよ」

 彼女が屋敷に来て十年余りになるはずだ。庭師の紹介で入ってきた当初は下働きではあったけど、世話係になってからも十分長い、僕の性格や生活なんて今に始まったことじゃないんだから。

「このままでは坊ちゃんが困るから言ってるんです」
「困らない。まだ父様の手伝いだってする予定は決まってないし、成人だって残念ながらまだ先だしさ」
「それは承知しております」
「学園ではどうにかやってるんだから、家にいる間くらいいいじゃん。そりゃあ、いずれは生活態度を改める必要に迫られるんだろうけど、それだってアンがいれば問題ないし」

 言い訳にしか聞こえないことを並べ立てる僕に、隣から、ふう、とため息。

「いつまでも甘えたさんですね」
「……お前にだけだ」

 優しく甘い眼差しだった。それでもそれは、手のかかる弟でも見るようなもので、なんだか居た堪れずカップを呷って中身を飲み干し……きれずに噎せる。
 慌てるからですよと、背中をさするアンの手のあたたかさにほっとしていると、

「私も坊ちゃんのお世話は嫌いじゃありませんから、まあ、続けられるうちは構いませんけど」

 続けられた言葉に、不穏な気配を感じた。

「……あ、アン?」

 疑いを持たず過ごしていた毎日に、何の確証もなかったことを知る。
 アンが、笑うでもなく、困った様子でもなく、いつもと変わらない顔で口を開く。

「坊ちゃん、私、今度お見合いするんです」

 その一言に、視界がブラックアウトする。

「………………は!?」

 だから、と話を続けるアンの声は聞こえていたけど、全部耳を素通りしてひとつとして頭には入ってこない。ぐらぐらと、目が回るようだ。
 立ち上がった拍子によろけ、支えようと伸ばしてくれた手を振り払って自室に駆け込む。ベッドにダイブし、頭を抱えて唸る。




 ――僕には、好きな人がいる。