まっすぐに、瞳を見つめる。アンはいつだってすぐに逸らそうとするけど、青灰色をしたそれはとても綺麗でいつも僕の胸を詰まらせる。

「……結婚相手が欲しいなら、その、いざとなれば僕が引き取ってやるよ」

 息をひそめるように小さくなってしまった声が憎い。
 いざとなれば、なんて最終手段ではなく、唯一の相手でありたいのに、心臓の音がうるさくてもういっぱいいっぱいだ。握っている手だけが支えのような気がしてくる。
 それなのに……

「いえ、それはいいです」

 アンはあっさり首を横に振った。
 震えそうな足を抑え込んでいた分、その場に崩れ落ちそうになる。

「私ごときが坊ちゃんのお手を煩わせるなんて滅相もありません」

 ああ、僕の世話係はなんて真面目で美しいんだろう。
 その顔は伯爵家の使用人としての誇りに輝くようで、背筋はしゃんと伸び、ドレスに身を包んでいてもそこらの令嬢には見られない強さがあった。

 ……分かっていた、そう簡単に伝わるわけがないことくらい。
 働き者の彼女と不器用な僕では、身分の差だけが障害ではない。

 失礼します、と奥へと下がっていく後ろ姿を見送って、ため息を飲み込む。数分もすれば、彼女はいつものお仕着せでテキパキと働き始めるはずだ。
 初恋は実らないと聞くけど、僕の初恋がそうなるとは誰に言い切れるものでもない。
 僕はあと二年もしないうちに成人するし、彼女との未来に可能性があるなら勉学だって何だってこれまで以上に真剣に取り組もう。誰の反対も抑え込めるくらいには力をつけてみせるつもりだ。


 ――いつか捕まえるからな、僕のアン!