「坊ちゃん、おはようございます」

 朝を告げる、少し低くてやわらかな声。浮上した意識をその優しい響きに撫でられる心地で、僕は上掛けを頭まで引っ張り上げて数分にも満たないまどろみを楽しむ。

「坊ちゃんたら、朝ですよ。起きてください」
「……もうちょっと……」
「もう、毎朝それなんですから」

 世話係のアンとの朝の攻防戦は、すでに日課。
 飽きもせずにぐずってみせる僕に、アンは呆れたため息を吐きながらも上掛けをめくり、肩を揺すって声をかけ続けてくれる。いい加減叩き起こそうとしてもおかしくはないと思うんだけど、一応主人だからか彼女の性格からか、そういった実力行使はされない。

「ポールが坊ちゃんのお好きなものを用意したと言ってましたよ。このままだと冷めてしまいますけど、よろしいのですね?」
「……起きる」

 代わりに、奥の手とばかりに最後に告げる言葉。それは毎日違っていて、子供扱いも甚だしいようなことも多いのがちょっと不満ではあるんだけど、まあでも、それもまた彼女が講じる手法なら。自信ありげなのに否定するのも悪いかなって。

「よろしい」

 上体を起こした僕ににっこりと笑うアンの顔は、ひと仕事を終えたかのように満足気。
 もう毎朝のことだから、これを見てこそ、一日が始まる気がするんだ。