外はまだ明るく、日の入りも始まっていない。
 部活が終わるとすでに薄暗かった冬は完全に過ぎ去っていた。

 とはいえ夏まではまだあるので、風は少し冷たい。

「やっぱりまだ上着は必要だったかな……?」
 そう独り言を口にすると、思わぬ返答があった。

「そうか? そこまで寒いとは思わないけど」
「っ! 淳先輩?」

 一人で昇降口を出たと思ったのに、いつの間にか淳先輩が近くにいた。


 ちょっと前まで淳先輩は家庭科室でみんなとおしゃべりしていたのに!?
 だからわたしは一人で出て来たのに。


 瞬間移動でもしたんじゃ無いかと驚いていると、淳先輩は部活中みたいにまとわりついて来た。

「なあなあ、明日は部活無いんだろ? じゃあこの辺案内してくれよ」

 はあ?
 何でわたしが?

 これはあれだ。
 図々(ずうずう)しいってこういうのだ。

「わたしじゃなくて他の人に頼んだらどうですか? 喜びますよ、きっと」

 (あん)にわたしは喜ばないと言ったつもりだけど、伝わらないみたいだ。

「他の人じゃなくてそうびちゃんに頼んでんの。そうびちゃんの事もっと知りたいしさ」


 わたしは知りたく無い!


 そうハッキリと叫べれば良かったのに。
 仮にも同じ部活の先輩だし、一応でも敬う姿勢は必要かと思って敬語も使ってるけど……。


 もう無視して帰りたい。


 でも流石に無視はまずいだろうと思っていると、淳先輩はわたしの前に来て更に詰め寄った。

「な? 良いだろ? 頼むよー」

 そう言った淳先輩の顔が、軽い驚きの表情に変わる。
 よく見ると、視線はわたしの後ろの方に向かっている。

 何かあるのかとわたしも後ろを振り返って見る。
 そして驚いた。


 家でもあまり話さない相手。
 学校でなんて、すれ違ってもまるで他人の様に目線も合わせない相手。

 学校では関わり合いになりたくないんだろうなと思っていたその相手・皓也がこっちを睨んで立っていた。


 何で睨んでいるのかも気になったけれど、何よりわたしに関わろうとしていることに驚いた。


 何故か緊迫(きんぱく)した雰囲気になっているせいで、何か言うべきなのに言葉が出てこない。
 そんな中最初に言葉を発したのは皓也だった。

「……そうび。その人、誰?」

 めったに話しかけてこないから、もしかして名前を呼ばれたのはこれが初めてじゃないだろうか。
 その驚きが強かったため、言われた言葉を理解するのに少し時間がかかった。

「え……あ、えっと。今日三年に転入してきて、同じ部活に入った淳先輩」
 驚きを抑えて何とか紹介すると、皓也の目元が不機嫌そうにしかめられる。


 え? すぐに返事しなかったから怒った?

 戸惑っていると、皓也は無言で歩き出した。
 そのままわたしの手を掴んで引っ張っていく。

「え? ちょっ、皓也?」
 呼んでも彼は無言で歩いて行く。
 引っ張られているわたしは付いて行くしかない。

「あ、えっと。淳先輩さようなら」
「お、おう……」

 一応と思って別れのあいさつだけすると、茫然(ぼうぜん)とした淳先輩は戸惑い気味に片手を上げて(こた)える。
 それと同時に手を掴んでいる皓也の手の力が強くなってちょっと痛かった。