「良かった、皓也くん戻れたんだね」
 皓也が元に戻ったことを喜んでくれている安藤先生。

「あの、これってどういうことなんですか?」
 戸惑いながら聞くと、答えたのは不機嫌そうな淳先輩だった。

「全部仕組まれてたんだよっ! あー腹立つ!」
「え?」

 その言葉を理解する前に、安藤先生が付け足した。

「今までのは全部演技だったんだ。怖い思いさせてごめんね」
 その笑顔は優しげだったけど、中身が真っ黒だと思ったのは気のせいだろうか。
 気のせいであって欲しい。


「二百年前に蝙蝠(こうもり)になったヴァンパイアの事は話したよね?」

 状況がまだちゃんと理解出来なくて、声も出せずにただ頷いた。

「その記述の中には簡単にだけど人の姿に戻った方法も書いてあったんだ。崖から落ちた婚約者を助けに行ったら戻っていたって」


 それは、つまり、まさか……。


「だからそれを試してみたんだけど、成功だったみたいだね」

 開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 皓也が戻れたから感謝すべきなのかもしれないけど、そのためのやり方を思うと感謝なんてできそうに無い。

 それでも一応皓也のためにしてくれた事なので、怒るのも悪いような気がする。


 でも怒りたい。
 せめて一言、言ってやりたい。


 それでも言葉が出てこなくて口をパクパクさせたままでいると、淳先輩が怒り出した。


「最初から演技してたとか、俺もハンターなのに俺だけ仲間はずれかよ!?」
「まず、淳はまだ見習いだからね。それに淳は顔に出ちゃうじゃないか。皓也くんや萩原さんに演技だってバレたら意味がないだろう?」

 不満をハッキリ口にした淳先輩に、安藤先生は正論で返した。
 言い返せない淳先輩は「うぐぐ」と黙り込む。



「おお、良かった良かった。皓也はちゃんと戻れたようだな」

 そんな陽気な声と共に、月原さんが現れる。


 目じりが下がり気味で、さっきまでの鋭い眼光は無い。
 初めからこの表情で現れたら、優しそうなお爺さんという印象だったろう。

 あまりの変わりぶりにまた別の意味で口を開けて動けなくなってしまった。


「月原さん、ご協力ありがとうございました」
「いやいや、昔のように振る舞うのは少々気恥ずかしかったが。上手くいって良かった」

「はい、月原さんが悪役を申し出てくれて良かったですよ。演技とは言えやりたいと言う方は少ないですからね」
「まあ、孫のためだからなぁ。だが絶対に大丈夫とはいえ、目の前で孫が崖から飛び降りるのを見るのは(きも)が冷えたわい」

「え?」

 口を挟めずに二人の会話を聞いていたら、耳を疑う言葉が出てきた。


 『孫が崖から飛び降りるのを見る』って言ったよね?
 当然わたしのおじいちゃんじゃない。

 って事は……。


「俺の、爺さん……?」

 すぐ近くにいた皓也が驚きの表情で言った。