五時になり、わたしは手早く道具を片付ける。

 話しかけたそうにしている先輩後輩たちに気付かないふりをして、まだ片付けが終わっていない淳先輩のところに行く。


「淳先輩。話があるので、この後少しいいですか?」

 そう声を掛けると、淳先輩はどこかホッとしたように「もちろん」と了承(りょうしょう)の返事をしてくれた。


 淳先輩の片付けが終わるのを待ってから、都先輩たちに「お先します。さようなら」と声を掛けて家庭科室を二人で出た。

 都先輩はもの言いたげな顔をしていたけれど、何かを(さっ)してか何も言わずに「うん、さようなら」と送り出してくれる。


 家庭科室を出てきたは良いけれど、どこで話をしようか。
 そう考えて、取りあえず人気のなさそうな方へ歩いて行く。

 別に聞かれてまずい様な事を話すつもりはないけれど、ちゃんと話を聞きたいから静かなところが良い。

 そうしてたどり着いたのは近くの階段下だった。
 ここなら部活終わりの喧騒(けんそう)も遠いし、人もあまり通らないだろう。


「で、話ってなんだ?」
 淳先輩は自分も何かを話したそうではあったけど、先にわたしの質問に答えてくれるようだ。

「えっと……」

 昨日のことを聞きたい。
 皓也に近付くなって言った理由。
 そしてわたしと皓也が同じ家に住んでるとなぜ知っているのか。

 どっちから話そうか迷って、結局どっちも話すことにした。


「昨日はどうして皓也に近付くななんて言ったんですか? それと、わたしと皓也が同じ家に住んでるってどうして知ってるんですか?」

 もう一つ、皓也があの後自分に近付くなって同じようなことを言った理由を知らないか。
 それも相談してみたかったけど、まずはこの質問に答えてもらわないと。


「あー……ど直球で来たな」
 淳先輩は未完成な困り笑顔みたいな顔でそう言うと、右手で頭をかいた。

「んーじゃあ、答える前に聞きたいんだけど……昨日のあの後の皓也の様子、どうだった?」
「え?」

 聞かれて、思い出す。

 辛そうに自分に近付くなと言った皓也の姿。
 薄闇でいつも以上に綺麗に見えて……目が光っていた姿。


「っ!」
 思い出して、わたしの中の何かが警鐘(けいしょう)を鳴らす。

 踏み込んではいけない一線を踏み出そうとしている様な……。

 でも、その警鐘より強く皓也のことが気になった。
 辛そうな顔が頭から離れない。

 わたしに、何か出来ることは無いのか。
 皓也の辛さが、少しでも軽くなるようには出来ないのか。

 胸がギュッと苦しくなって、わたしはその一線を()える覚悟を決めた。