「待って加野さん!」
 昼休みも早速どこかへ行こうとした加野さんを慌てて呼び止めた。

「どうしたの? そうちゃん」
 加野さんはどうして呼び止められたのか分かっていない様だった。
 悪びれることすらない加野さんに、ちょっとムッとしながら用件を伝える。

「どうしてあんな噂流してるの?」
 明らかに不満げに言ったのに、加野さんは笑顔で答えた。

「だって、クール王子が有名なせいでコソコソ付き合ってるんでしょう? そんなの嫌じゃない」
「は?」

 加野さんの中ではわたしと皓也が付き合ってるのは決定事項だったらしい。

「昨日ファンクラブの子達から助けようと走って行ったクール王子、カッコよかったよー。しかもケガを見るためかも知れないけど、あんなに近付いちゃって。もうなんか当てられちゃったって感じ!」

 そうか、加野さんの目線からだとそう見えたんだ。
 それなら勘違いしてもちょっと仕方ないのかもしれない。
 でもそこは訂正しなくちゃ!

「いや、加野さんからはそう見えたかもしれないけど――」
「だからいっそ学校中に知ってもらって、公認カップルみたいになれば問題ないと思って!」
 言葉をかぶせて加野さんは嬉々(きき)として言った。

「大丈夫、あたしに任せて!」
「いや、だから――」
「じゃあ行くね。昼休み中に三年生にも周知してこなきゃないから!」
「ちょっ! 待ってってば!」

 わたしの制止の声は届いていないのか、加野さんは走り去ってしまった。

 三年生にも周知って、本当に学校中に広めるつもりだ。


 昨日みたいに本気で心配してくれたりするから嫌いにはなれない加野さん。
 でも、こんな風にはた迷惑なことをしでかしてくれるから好きにもなれないんだ……。


 そんな加野さんがあんなに嬉々として噂を広げ、しかも人の話は聞かない……。
 もっと早く、昨日のうちに釘をさしておくんだった!



 ――そして今に至る。


 部活のある生徒は大方いなくなったけど、優香みたいに休みの人は野次馬のごとく居座っている。
 教室のドアの方も他のクラスの生徒が集まって来てるのか騒がしい上に視線を感じる。

 噂のクール王子の彼女ってどんな子?
 って感じで、男女問わず見に来てるみたいだ。


 もういっそ早く部活に行った方が良さそうだと思うけど、廊下に出るのが怖い。

「……お願い優香、部室まででいいからついてきて!」
 切実な思いで護衛(ごえい)をお願いする。

「まあこれは仕方ないか。部室までナイトになってあげるよ」
 と、優香は苦笑しながらもカッコいいことを言ってくれた。

「うあーん、優香こそ王子様だよぉ」
 半分本気でそう言ったんだけど、優香には「はいはい」と流されてしまった。


 そうして何とか教室を出て家庭科室に向かっている途中、廊下で皓也とバッタリ会ってしまった。

 周りの視線を気にしてたからわたしもすぐには気付かなかったけど、皓也も同じ剣道部の友達らしき男子と話をしていたから気付かなかったみたいだ。
 正面に来て、やっとお互いに気付いた。

 目が合って、どちらともなく止まる。


 皓也は朝も先に一人で行ってしまったから、今日まともに顔を合わせるのは今が初めてだ。

 ケガが治るまで近付かないでほしいと言われたけど、どうするべきか。


 いや、それよりもこの付き合ってるという噂が広まった状態でどんな顔をすればいいのか……。

 少し混乱して迷っていると、わたしより皓也が先に動いた。
 (きびす)を返し、走り去るという行動で。