「いつか、夢から覚めてしまいそうで怖いんです」

シフォンケーキを切り分けながら、クリスはポソリと言った。
ホイップされたクリームとジャムを添え、お皿に盛りつける。庭園を散策していた王子と姫が、お菓子が出てきたと知り、慌てて戻ってくる。
ロザリーはふわりと笑って、頷く。

「分かります。だけど、大丈夫です。私もずっと、夢を見ているみたいですもん」

「そうね、意外と覚めないわ。お兄様は優秀だから、ずっと見させてくれるわよ、大丈夫」

やがて子供たちがやってくる。
九歳になるヴィンスと六歳のレオノーラ。ロザリーの子供だ。彼女のお腹には、もうひとり分、新しい命が宿っている。

「お母さま、僕たちの分もありますよね」

「もちろんよ。クリスさんにありがとうってちゃんと言うのよ」

「ウィンズ様、レオノーラ様。おかわりは一回までですよ」

席を用意してもらい、子供たちは楽しそうにはしゃいでいる。

クロエは彼らがそれを食べ終わるまでを眺めながら、今までになく穏やかな気分になっていた。

「さあ、午後の仕事も頑張ろうかしら」

「もう休憩終わりですか? もうちょっとゆっくりしていってください」

「いえ、そろそろ戻るわ。マクラウド公爵夫人の名に懸けて、適当な仕事はできないものね。ロザリーとクリスはゆっくりしていて」

クロエは、バイロンと歩んでいく中で、彼がこの国の平和を守るために、どれだけ細やかに神経と使っているのかを知った。

いつも余裕のあるような態度の裏には、人の不仲を恐れる、細やかな精神があることも。
だからクロエは、この国が平和であり続けるために、働くのだ。

彼がくれた、愛すべき人生を守るために。


【Fin.】