クロエは思い切り怒鳴った。ふたりは気まずそうに顔を合わせ、つかみ合いとなっていた手を外す。
「私は結婚するつもりはありません。仕事が楽しいのです。後ろ指を刺したければ刺せばいいし、行き遅れといいたければ言えばいいと思います。ですが、強制されて結婚する気はありません」
そうはっきり言い、頭を下げて部屋を出ていく。
その手が震えているのをバイロンは見逃さなかったが、追いかけようとした途端、目の前で弟がしゃがみこんでわめきだしたので、機を逸してしまった。
「ああああ! ……終わった! また、怒らせてしまったじゃないか」
けたたましく後悔を吐露する弟もまた放っては置けない。バイロンは冷たいまなざしで弟を見下ろす。
「おまえね。クロエ嬢がここまで立場を確立するのにどれだけ努力していると思っているんだ?」
「兄上」
「彼女を愛しているのならば、彼女の自立を支えてやるべきだよ」
なだめるように言うと、コンラッドは昔の兄弟ゲンカのときのように、目を向いて睨んできた。
「きれいごとを言って、兄上は自分の手の中に彼女を閉じ込めておく気なんだろう!」
「おい、コンラッド」
「兄上はずるい!」
子供の癇癪のように叫んで、コンラッドは出ていく。他の補佐官が呆れたような顔をして彼の後ろ姿を眺めていた。
バイロンは黙ったまま自分の手を見つめている。
「手の中に……収まるような女性ではないだろう」とつぶやきながら。



