伯爵令嬢としてのクロエの毎日は、退屈の一語に尽きる。
「お母様、学術院へ行ってまいります」
「まあ、また? そんなところに行くより、この招待状をさばく方が大事でしょうに」
「お母様にお任せするわ。でも私、パートナーにはお兄様をお願いするつもりですから、お兄様の都合のつく日しか参りません」
「クロエ! 待ちなさい!」
グラマースクールを卒業したら、令嬢は通常、結婚相手を探す。
情報収集目的でのお茶会や、出会いを求めて夜会に出席するなど、その生活は意外に忙しい。だが、結婚する気のないクロエにとっては、それらすべてが無駄なものであり、やることが無いのだ。
そこで国の最高学府・ポルテスト学術院の聴講生に登録して幾つか講義を取っている。
今取っているのは哲学と歴史と経営についての講義だ。
哲学と歴史は単純に趣味で、経営については、伯爵家の領地経営を見越してのことだ。
このままケネスが結婚しないのならば、伯爵家の内向きをさばく人材は必要だ。クロエがそれをできるようになれば、独身でいようとも存在価値は生まれるはずだ。
馬車で学術院まで乗りつけ、おおよその帰宅時間を告げ、迎えを頼む。
クロエの年頃ならば、常に侍女がついて回ってもおかしくないが、クロエは基本ひとりで動く。
学術院の学生は大半が男性である。女性は全くとは言わないがほとんどいない。いても、事務方の仕事をしている下級貴族の娘であり、その服装は地味なものだ。
美しい顔立ちであり、身分に見合ったドレスを着こなすクロエは、いるだけですごく目立っていた。



