自分から声を掛けようとしたのにも関わらず、それを遮るかのようにその人物から声という音が私の頭の上から落ちてきた。

五感の一つが奪われたとしても、その他の感覚神経が冴えるというのは本当のことなのかもしれない。

いつも耳に意識を向けることはないはずなのに、今はその声の一音一音を逃すものかと耳がその音を求めている。


「お姉さん、今仕事終わった所なの?」


少し若い男性の声にしまったと内心慌てながら、この状況を切り抜く方法を頭の中でフル回転させ考え抜く。

どうやら道を間違って歩いてきたようで、駅近の夜の繁華街へと足を踏み入れてしまったらしい。

仕事終わりに一杯しようとでも思われているのか、はたまた女性を呼び込むとなるとホストクラブの店員か、そこまでは分からないがこの通りで小さなトラブルが起こるのは耳にしていた。

ここは上手くお断りして会社に戻るべきだと判断するが、いきなり肩を抱かれるようにしてリードしてくる。


「お姉さん綺麗だね。俺とちょっと一杯飲んでいこうよ」

「すみません、仕事で疲れてるので」

「仕事で疲れてるなら、こんな場所には来ないよね?」


ド正論なことを言われては言葉の返しようがなく、どうしたものかと顔を下に向けることしかできない。

それを肯定的に受け止めたのであろうその男性が、私の首元に顔を近づけてくる感覚に思わず震える。