「そうだ。イザベラは聖女じゃない今だって、立派な仕事を残してる」

 イザベラは頷いた。

「ごめんなさい。伯母様。やっぱりシニョリーア家に嫁ぐことはできません」
「イザベラ! 目を覚ましなさい!」
「夢を見ているわけではないの。私がセシリオの後見人のまま嫁ぐことで、シニョリーア家にあらぬ疑いをかけられるのは嫌なのです」

 シニョリーア伯爵夫人は黙った。

「……私もそれは考えました。それでも、きちんとセシリオを成人させれば疑いなど晴れるでしょう?」
「ええ、晴れます。でも、シニョリーア家が疑われること自体を私は良しとしません」
「でも、そうしたら貴女は……、あなたはそんな得体のしれない男を信じるというの? 幸せになれないわ。身分もお金も失って、考えるより大変なのよ? イザベラお願い、我慢してちょうだい。一時の甘い言葉に惑わされないで」
「優しい伯母様」

 イザベラは微笑んだ。

「ありがとうございます。私はジャンと一緒になろうと思っているわけではないの。リッツォ家の身分自体が重荷なのにシニョリーア家の名など、とても背負えません。だったら、全てを失った方が私らしく生きられるのだと、今気が付いただけなのです」
「重荷ですって」
「嫌いなわけではないわ。大事なのよ? でも、伯母様、私は着飾ることも知らないし、上手く話すこともできないの。伯爵夫人などとても務まらないわ」

 シニョリーア伯爵夫人は大きくため息をついた。

「イザベラは本当に末の弟によく似ていること」
「叔父様に?」
「強情だわね」
「……申し訳ありません」
「でも、その真っ直ぐな性格は誰よりも研究者向きよ」
「伯母様!」
「わかりました、好きなようになさい」

 シニョリーア伯爵夫人はそう言うと席を立った。