俺は無意識にホッと息を吐きだしていた。

 走らなくて正解だ。走り終えた後のリンネを見たら、誰だって魅了されるに決まっている。目をキラキラとさせて、とても楽しそうに笑う。汗だくのくせに綺麗に見えるなんて反則だと思う。
 他の誰にも見せたくない。あの笑顔は、俺だけのものにしておきたい。

「呪いの全容が明らかになるまでは伝えないでくれ。できれば母上にも」

「……仕方ないね。でも陛下には報告するよ。僕は陛下から君を頼まれているんだから。いいかい?」

「分かった」

「じゃあ、この話はここまでにしよう。レオ。ちゃんと寝ないと、体がもたないよ」

「それは一言一句残らずおまえに返す」

 言い返したらクロードはクスリと笑った。俺をベッドに誘導し、寝付くまでいるつもりなのか自分は椅子を持ってきて座る。

「おやすみ、レオ」

「……おやすみ」

 夜の静けさに、クロードの息遣いが混じる。なんだか落ち着かない。頭の中で考えていることが口をついて出てしまいそうで怖い。

 俺は自分の手のひらを見た。十四になり、手の大きさは大人のそれと同じくらいにはなったが、それだけだ。なにも守れないどころか、自分のことさえままならないほど弱い。

 対してクロードはもう十八歳。この国の成人であり、大人だ。得体の知れない呪文についても、根気よく調べ、少しずつでも結果を出してくれる。実直で穏やかで人に優しい。俺にとっては理想の男だ。

 一緒にいれば、クロードに好意を抱くのは当たり前だと思う。

 リンネが、クロードに笑いかけると変に胸が軋む。俺にとってリンネは唯一の人でも、彼女にとってはそうじゃない。

『……クロードは、リンネが好きか?』

 答えを聞いてしまったら戻れなくなりそうな質問を頭から追い出したくて、俺は無理やり寝返りを打った。