小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました

 レオは気にもしていないようにそう言い、ポケットから小さな包みを取り出した。
 パラフィン紙に包まれたそれを、長い指で丁寧に取り出し、私の口にポンと放り込む。
 甘い味が、口の中に広がる。……これ、飴だ。
 たったひとつのそれで、満腹になることはもちろんない。だけど、優しい甘さが、私の心を満たしてくれる。

「飴なんて持ってるの?」

「誰かさんが、すぐ腹を空かすからな」

「用意周到すぎでしょ」

と言いつつ、飽きれも笑いもしなかった彼にホッとして、私は彼の腕に抱き着いた。

「お?」

「やっぱり、レオの隣が一番好き。安心する」

気分のまま、普段は言わないことを口に出したら、レオが動きを止めた。

「……このまま抜け出そうか、リンネ」

「え? でも」

「今日の主役は俺たちじゃないし」

 ちゅ、と軽いキスが唇に落ちる。

「……俺はもっとキスがしたい」

 ……勘弁して。顔が熱くて火照って、どうしようも無くなるじゃない。

「今日のお前は綺麗すぎて、他の誰にも見せたくない。可愛いから、……ひとりじめしたい」

 そう言うと、レオはひらりとベランダの柵から飛び降りる。

「行くぞ」

「えっ、私ドレス」

「じゃあ、捕まえてやる」

そして華麗に着地すると、私に向かって手を伸ばした。
こうなれば私も躊躇する理由はない。きっと抜け出したことを後で怒られるだろうけど、まあ甘んじて受けておこう。
 こんな無茶を一緒にできるのはやっぱりレオだけで、私はそんな彼が大好きなんだもん。
 桟からぴょんと飛び降りる。捕まえてくれる手を疑うことはなかった。


 駆け出して行ったふたりを、隣の中広間のベランダから見ている人物がふたりいた。

「逃げちゃいましたね。でもこれでラストもいいかもですね、女王様」

「そうね。結婚式ラストもいいけど。あの子たちにはこれが似合いかもしれないわ」

「いつか製本して、売り出してやるんだから!」

王妃様とローレンのそんな会話が、あったのやらなかったのやら。
私には本当のことは分からないけれど、私とレオの結婚式が行われた後、このエピソードが書かれた本が、発売されたのは真実である。

【Fin.】