小説世界に転生したのに、八年たってから気づきました


「リンネ、ちょっとこっちに来て」

「どうしたの? 子爵は?」

「お父様は商談よ。それよりこっち」

「おい、もうすぐ主役が来てしまうぞ?」

 エスコート役のレオから無理やり引きはがされ、廊下へと連れ出される。

「どうしたのローレン」

「ちょっとムカつくことがあったの」

「なに?」

「おばさんたちは見る目無いなってことよ。こんなにかわいいのに」

 慰めるような目で見られれば、なんとなく理由は思い当たる。
 レオと一緒に夜会に出れば、必ず言われるのが「なぜあんな伯爵令嬢が王太子の婚約者なのか」だ。いかにも王子様然としたレオといて、やっぱり私では釣り合いがとれないんだろう。

「……目にもの見せてやるわ」

「なに言ってんの? ローレン」

「んー。ちょっと目をつぶってて」

 その後、ローレンは小声でなにか言ったけれど、私には聞き取れなかった。

「なんて言った?」

「んーん。よし、これでいい」

 言っている意味が分からなかったが、ローレンはすっきりしたみたいに、それ以上は教えてくれなかった。

 会場に戻ると、すでに魔術指南役であるライリー様が入場していて、クロードから紹介されているところだった。珍しい緑色の髪は前髪がトサカのように元気よく飛び出している。丸みのある鼻に、吊り上がった細い目。瞳の色はローレンと似た琥珀色だ。にかっと笑った顔なんかは、チャラそうと言えなくもない。年はクロードと同じくらいかな、二十代前半というところだろう。

 レオは国王陛下の脇に場所を移していた。今から隣に駆け寄っていくのは目立ってしまうので、私とローレンは会場の隅でしばらく待つことにした。……んだけど、なんかさっきと違って妙に人の視線を感じる。

「これはリンネ様。……いつもにましてお美しい」

「あら、レオ様の……。お綺麗ねぇ」

 男性のみならず女性も、妙に私を見ている。あまつさえ誉め言葉まで飛んでくる。
 私はあっという間に人に囲まれてしまった。なんだこれ、おかしい。取って付けたような誉め言葉も気持ち悪いし、今日の主役があそこで挨拶しているのに、私に注目が集まるのは絶対おかしい。