とはいえそのまま返される、といったこともなく。
わたしたちは奥の部屋に引き入れられた。
さっきの部屋よりもいくぶん生活感のある空間。
たぶんこっちで寝食をしているんだろう。
向かい合っているソファの奥側にユキノさんは座った。
テーブルをはさんで、その反対側にわたしと廉士さんも座らせてもらう。
「これ、よかったらどうぞ」
テーブルの上にはふたつのケーキと、みっつの紅茶。
ユキノさんはケーキをわたしの前に置いてくれた。
「ふたつしかないから、あんたの分はないわよ」
はじめからそのつもりだったのか、廉士さんは「はいはい」と興味なさげに言った。
「ありがとうございます、いただきます。えっと、……ユキノさん」
「あたしの名前は幸野 麻美。よろしくね、灯里ちゃん」
あ、ユキノさんって名字だったんだ。
てっきり名前なのかと……
でも『幸野麻美』という名前も偽名らしく、本当の名前は廉士さんにさえ教えてないらしい。



