出会う前の私を思い出してみる。

あれからそんなに時間は経っていないのに、ぼやけた記憶(きおく)のピントが合わない。

 
ああ、そうだ。


少し薄い酸素と、常にだるさがつきまとう重力を覚えている。
世界は、鉛筆だけで絵を描いているように(にぶ)い色だった。

意思と関係なく流れていく毎日をただ眺めているだけ。
果てしなく退屈で、学校にいても家にいても逃げ出したい気持ちが、ヘドロみたいにしがみついていた。

どこにいたとしても、ここは自分の場所じゃない。

そう思っていたんだ。
今思えば、心が迷子になっていたんだと思う。

そんなある日。
なんでもない春の夜に、君に出会った。

雨あがりの夜、オレンジの照明が心細い街角。

私たちの出会いは、ドラマのように予感を感じさせたり、のように引き寄せられるものじゃなかったよね。
 
たとえるなら、黒一色で塗られたキャンバスに色の絵の具が一滴(いってき)、ぽつんと落とされた感じ。

最初は違和感(いわかん)しかなかったし反発もした。
けれど、気づけば(あざ)やかに染まりゆく世界が心地よくなっていった。


あの夏、私たちは太陽の下で肌をこがし、月の光でいやされた。

 
君にあこがれ、君に恋をし、君と過ごした時間たち。
  


今日も世界は、たくさんの色を咲かせているよ。