「木の陰に入り込め!」

聞き覚えのある声に顔を上げれば、西方の丘に弓をつがえた一団が見えた。声を出しているのは、一番前で指示を出している男だ。遠目ではっきりとはしないが、ケネスではないかと思えた。

「……分かった!」

状況がつかめないが、どうやらケネスはザックが追われているこの状況を理解しているらしい。
彼が街道から林の方に馬を誘導し、木が盾になるように身を隠した途端に、矢が追ってくる一団に降り注いだ。

「ちくしょう、どういうことだ?」

男たちの装備は剣で、遠方向けの武器は何ひとつない。
結果、弓に対してなすすべなく、後退を強いられた。
そのうちに、弓隊とは別の剣を持った騎士たちが追ってきたため、諦めたように敗走していった。

林でそれを眺めていたザックは、近づいてくる兵士の中にたしかにケネスがいるのを見つけ、走り出した。

「ケネスじゃないか! どうして」

「無事でなによりだね、ザック」

ケネスは戦闘を予想したかのように武装しているし、これだけ多くの兵を従えていることにも驚きを隠せない。
だがケネスは、ザックの装備を見てあきれた様子だ。

「逆に、なぜそこまで警戒していないのか、俺が聞きたいけどね。アンスバッハ侯爵が、君を生かしておくほど甘いわけないだろう? 解放話を受け入れたのはあくまでコンラッド様を掌握するためだ。君を本気で一伯爵として生かしておくわけがないだろう? 狙われるとしたらグリゼリン領への移動途中だろうと思って、このあたりを張ってたんだよ」