「ちょっと待って、晴江!」



番犬ルドルフにゆっくりと近づいていく晴江に早苗が声をかけた。



もしも晴江の考えが正しいとしても、遺伝子操作によって虎よりも巨大になったドーベルマンに近づいていくことは恐怖以外の何物でもない。



それなのに晴江はどうしてあんなにも悠然とバケモノに立ち向かっていけるのだろうと、早苗は心の中で思っていた。



(私は特権階級の家に生まれて、特別な境遇の中にいた。

お父さんは偉大だったし、お母さんは誰よりも私を愛してくれた。

でも、それだけじゃ足りない。

私は特別な誰かになりたい)



晴江は生まれつき満ち足りていた境遇に不満があった。



大きなお屋敷には優しいメイドがいて、晴江はメイドたちからお嬢様と言われもてはやされた。



でもそれは晴江に偉大な父がいたからだ。



晴江は周りからもてはやされても、自分が何者でもないことに心の中で気づいていた。



そしていつの日か、偉大な父を超える人になりたいという思いが、晴江の心を支配していた。