泣くんならアタシやのに……


 そんな事を思いながら、紀子は自分の感情が思いの外、落ち込んでいない事に意外な感じがした。


 その程度にしかあの人の事を想ってなかったという事……?

 アタシもまだまだ青いなぁ……


 それより雅子の方だ。

 さめざめと泣いている。


「ママ?アタシの事を心配してくてるんやったら、大丈夫よ。
 なんか、思った程悲しい気持ちにはならへんから」

「そう?ならええんやけど……。」


 そう言って顔を上げた雅子の表情は一転して晴れやかになっていた。


「うちな、紀ちゃんの事を思ったら、なんや自分の事みたいに悲しくなって……。
 ごめんな、なんや反対に慰められとる」


 二人は互いに顔を見合わせ、しばし笑った。





 きっかけは何時の時もひょんな事から始まる。

 翌日から、『雅』のカウンターに紀子の姿が見られるようになった。

 元の素性を知っているのは雅子だけだし、その雅子からは、


「紀ちゃんは、やっぱりそうやってお客さん相手に仕事しとる方が様になってるわよ」


 と言われ、自分でもやっぱりと感じる部分があった。

 場末のスナックに毛の生えた程度の小さい店だが、そんな事は関係無かった。


 アタシはやっぱりこっちの水が合うんや……


 昼の仕事はそのまま続け、紀子は週に四日程のペースで『雅』を手伝った。

 当然、勝又は知る。

 だが、紀子は雅子から全てを知らされた日以来、彼との関係をきっぱりと断ち切った。

 勝又は物惜しみするかのように、紀子の態度が変わった事を訝しんだが、


「これでもミナミでは葉山さつきの名前でそこそこ売れた女です。
 その女が遊びじゃなく、本気で好きになったのに、その相手からはきちんとした真心を頂けませんでした。その事で恨んだりはしません。自分がアホやっただけですから。
 会社では課が違いますから余り顔を合わす事もないでしょうが、この店に来られたら、アタシはさつきという夜の女ですので、承知した上で飲みに来て下さい」


 笑顔でそう言った紀子に、勝又はただ呆けた顔をした。