「その店にアキゆう源氏名の子がおって、よう、うちのヘルプでついてたんや。歳はうちよりちょい上やったんやけど、昼間は普通の会社勤めしとる子で、夜の世界はそん時が初めてだったんよ。
 せやから、客を手練手管で上手く転がすなんてでけへんから、すぐ客に入れ上げてしまっとった……」

「ひょっとして、その相手が?」

「そや。うちの指名客やった亨君にその子は本気で惚れてしまったんやけど、その子にしてみれば、自分はヘルプで、ついてる女の子の指名客を自分のものにするゆう事に罪悪感を感じたようなんや。ある日、突然店を辞める言い出して、マネージャーやら社長にその理由を問い質されても、一言も本当の理由を話さへんかった。
 店の誰もが、絶対引き抜きやっちゅうて勘繰ったんやけど、違っとったんよ。
もうその頃には亨君とええ仲になっとって、それでまあ婚約ゆう事になったんやけど、その子はうちにだけは本当の理由を話してくれてな、うちはうちで、なあんや寿やったらめでたい事やから、なあんも気にせんと、堂々としとればええのにって言うてあげた位やったんよ」

「婚約されたゆうてましたが、もうどれ位ならはるんですか?」

「もうなんやかんやいうて一年半近くになるやろか。結納をこの前上げたゆうっとったからな。住んどるマンションかて一緒やで。紀ちゃんと夜会っても、朝迄は付き合ったりはせえへんかったやろ?」


 紀子は今迄の勝又の行動を思い起こしてみた。

 雅子の話しを聞いてみると、それで全ての合点がゆく。


 アタシは何やったん……


 押し黙ってしまった紀子の顔を覗き込むようにしながら、雅子は顔を近付けて来た。


「紀ちゃんやなかったら、こんな話しせえへんかった……」

 独り言のように呟く雅子の声が、何処か涙声のようになっていた。