「ちゃんと昼間の世界で生きてるんやね……」


 ぽつりと雅子が呟いた。


「心配しなくてもええよ。誰にも話しとらんから。勿論、亨君にもね」

「すいません、気を遣ってもろうて……」

「なぁんも、夜の世界で働くには、みんなそれぞれ何か理由がある訳やし……。うちにしたって今でこそこうして自分の店を出せるようになったから、多少は世間の見る目えは変わってきてるけど、まだまだ水商売の女だからっていう偏見は強いしね……」


 と言って雅子は言葉を区切り、少しばかり表情を曇らせながら次に言うべき言葉を探した。

 紀子はそれを敏感に感じ取り、目でそれとなく話しの続きを促した。

 半分程吸った煙草を揉み消し、


「なあ、紀ちゃん……ちょっと言いずらいんやけど、亨君の事な……」

「……」

「紀ちゃんが、彼の事をほんまに好いとるんなら、ちゃんと知っといた方がええかな思おうて言うんやけど……」


 何時もの歯切れの良い物言いの雅子からは見られない躊躇さに、紀子は大きな不安を感じた。


「ただの遊びで付きおうとるんやったら、うちもこんな事をわざわざ話すつもりはないねん。
 はっきり言うな。あの人、婚約者がおるんや」

「えっ!?」

「この店にも何度か連れて来た事があってな、尤も、最近は流石に紀ちゃんとだけしか来てへんけど、初めてあんたをここに連れて来た時には正直あの人の神経を疑ってしまったわ」


 突然の話しに紀子の動揺は隠し切れなかった。

 無言でじっと自分を見つめる紀子を見て、雅子は自戒の念に駆られた。


「ごめん……て、今更謝る位なら、こんな話し、しなきゃよかった」

「あのぉ、気にせんと、最後迄話しを聞かせて貰えませんか?」

「そやな、さわりだけ見せて店終いしたら蛇の生殺しやもんな。
 元々、亨君はうちがミナミで働いていた店での客やったんや……」


 雅子は新たに煙草に火を点け、煙をゆっくりと吐き出しながら勝又の事を話し始めた。