だが、紀子は席を立たず、その客達に、


「うちの店、ほんとはもっと高いんですよ。今日は主任さんが、特別に安くしてくれたんです」

「これでもか?」

「ええ、これでも」


 じっと客を見つめる紀子の眼差しに、凛子は落ち着かない気持ちになっていた。


「判った!はろうたる。気前良く遊ばせてくれたおねえちゃんの顔を立てたる。わしらかて、この程度の銭でああだこうだとミソつけとうないからな」


 周囲の緊張をよそに、紀子と客は互いに顔を見合わせて笑った。


「けどな、そこの主任とかいうあんちゃんに一言だけ言わせて貰うで。最初にわし達はぽっきりでええんやなと念押しした筈や。客を逃しとうないんはよう判るが、そこんとこはきちんと言わなあかんで。気いつけや」

「す、すいませんでした」

「この店が、わしら風情の懐具合では普段敷居もまたげへん事ぐらい、よう判っとる。伊達にミナミをふらついとらせん。他のねえちゃん達はわしらを汚いもんでも見るような目えで見とったが、このねえちゃんだけはわしらを気持ちよう遊ばしてくれた。このねえちゃんに感謝せなあかんで。ほれ」


 と言って、一番年嵩の客が財布から何枚かの一万円札を出した。


「ありがとうございます。只今お釣りをお持ちします」

「釣りはこのねえちゃんへのチップや」


 そう言って一緒に来た仲間を連れ、立ち上がった。


「ああ、明日からカップラーメンで辛抱せな……」

「後でわしらも少し出しますから」

「当たり前じゃ、ぼけ!わしより仰山飲みくさりやがって!」

「め、めんぼくねえ」

「お客さん、こんなにチップ頂いてほんまにありがとう。今度また来たら、うんとサービスしてあげるね」

「あ、あかん。そんなん言われたら明日も来たくなってしまうがな」


 先程までの険悪なムードがガラリと変わった。